いつものみらおファミリー☀️
みらおねえ…1日葬ってさ、結局誰のための葬儀なんだろう?



うん、その問いは大事だと思う。亡くなった人のため?
それとも遺された人のため?



たぶんね、どっちか一方じゃないんだよ〜☀️



間にある時間って感じがする〜💕
「本人のため」と言い切れない理由
葬儀について考えるときよく聞く言葉があります
「故人のための葬儀です」
もちろん、それは間違いではありません
でも同時に、こんな現実もあるんです
- 葬儀の内容を決めるのは、生きている人
- 段取りを進めるのも、遺された人
- その時間をどう受け止めるかも、人それぞれ
つまり葬儀って「亡くなった人だけのもの」ではないんですッ
「遺された人のため」でも、割り切れない
一方で「葬儀は遺された人のためのもの」という考え方もあります
たしかに悲しみを整理する、区切りをつける、気持ちを共有する
そうした役割は確かにあります
ただ、それを理由に
「周りに合わせる」「無理をする」
必要があるかというと、それは違いますよねッ😌
1日葬が問いかけていること
1日葬は
この二択を迫る葬儀ではありません。
- 本人のためか
- 遺された人のためか
ではなく
「どんな時間を残したいか」
を問いかける葬儀です。
時間を短くすることで
何を大切にしたいのかが、はっきり見えてくるんですね😊
誰かに見せるための葬儀、から離れる
1日葬を選ぶ人の多くが
こんな感覚を持っています。
- 立派に見せなくていい
- 説明のつかない形式はいらない
- 自分たちが納得できればいい
それは
「雑に済ませる」という意味ではなく
見せるための葬儀から
向き合うための葬儀へ
重心を移すという選択なんですッ☝️
1日葬は「間の時間」をつくる葬儀
通夜と告別式を分けない代わりに
1日葬では、葬儀の外に余白が生まれるんですッ
- 家族だけで話す時間
- 一人で思い出す時間
- あとから、静かに振り返る時間
その余白こそが
送る人と送られる人をつなぐ
間の時間なのかもしれません
誰のため、ではなく「どんな想いのため」
1日葬は
誰か一人のための葬儀ではありませんッ
- 亡くなった人への想い
- 遺された人の気持ち
- それぞれが抱える事情
それらが交わる場所として
1日葬は選ばれているんです😌



誰のためかって決めなくていいんだね



うん。大事なのはその時間をどう過ごしたいか、だと思う



間の時間って、いい言葉だね〜☀️



気持ちが行ったり来たりできる場所って感じ〜💕
この問いの続きへ
ここまで読んで
「そうは言っても、家族にどう切り出せばいいのか…」
と感じた人もいるかもしれませんね
次の記事では
1日葬にしたいと言い出せない人へ
その迷いに、そっと寄り添っていきますね〜😊



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